川崎 教会 とりなしの祈り 家の教会

2025年 年間標語 年間標語「強く、雄々しくあれ」(ヨシュア1章1~9節)


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『自己省察 』 牧師コーナー(822)

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 私は自分が祝福された人間だと思っています。教会をはじめとした私に与えられた環境に試練がなかったわけではありませんが、生涯を通して良い方々に多く出会うことができ、すべてが神様 の恵みだと思い、感謝しています。
 ところが、以前、天国に行ってきたと語る方の証しを聞いたことがあります。よく聞いてみると、大きな教会を牧会された牧師たちは、天国ではあまり大きな報いを受けられないのだと言っていました。本当にその方が天国に行ってきたのか、その真偽は確かめようがありません。しかし、私自身も、成功したと思われる牧師たちがそれほど報いを受けられない可能性も十分にあると考えています。なぜなら、教会のかしらである主イエス様がおられなくても、人々が多く集まる教会をつくることは可能だと考えてしまうからです。
 主はこのように言われます。「その日には多くの者がわたしに言うでしょう。『主よ、主よ。私たちはあなたの名によって預言し、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの奇跡を行ったではありませんか。』しかし、わたしはそのとき、彼らにはっきりと言います。『わたしはおまえたちを全く知らない。不法を行う者たち、わたしから離れて行け。』(マタイ7:22–23)」
 このみことばは、主がおられなくても不思議な力が現れ、成功しているように見える牧会が可能であることを示唆するイエス様の言葉です。また、使徒パウロはこう言います。「むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです。」(第一コリント9:27)使徒パウロは、あれほど熱心に福音を伝えた後でさえ、自分が見捨てられることを恐れながら生きている、と告白しているのです。
 そのため私は最近、早天祈祷の際に自分自身を省みる時間を多く取っています。魂の救いのためだという教会の働きの動機が誤っていないかを確かめます。次世代を育むためだという学校の運営が、果たして誰のためなのかを深く考えるようになりました。成功の奴隷にならないように注意しています。主の御心であるならば、命をかけて従おうと決心しています。主がやめよと言われるなら、教会も、牧会も、学校も、私の人生のすべてを手放すと繰り返し確かめております。教会の牧者や信徒たちは神の前で多くの報いを受けるのに、主任牧師である自分が報いもなくみすぼらしい姿で立つことになるなら、どれほど惨めなことでしょうか。召されたところで用意された賞を受けようとして熱心に走り続けた使徒パウロのように、この牧師も成功に見える過去にとらわれず、今日の目標に向かって歩み続けたいと思います。

趙 南洙師



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